実践しています。

up and ups just fine

信越五岳2019 - 前編 -

9/14 17:00

直前まで部屋を暗くして、少しでも寝ようとするけど、スタート前にやるべきことが頭から離れず、結局眠れないままベッドから起きて準備を始める。

いくらかでも眠れたら、頭の奥の方にある頭痛のタネが消えるんだけどな。まだ脈を打ってる程度だけど、走りはじめてから痛みにかわらないことを願うしかない。

 

爪を切る、歯を磨く、シャワーを浴びる、などいくつか用意したチェックリストをひとつずつ潰していくと、準備が完了したのは17:30だった。

スタートまであと1時間。妻と子を連れてホテルからバスに乗りスタート地点に向かう。

 

日が落ちはじめている。100マイルの選手がすでにスタートラインに並んでいる。何人かの知人と挨拶をしてお互いの健闘を誓う。何度かトイレにいってスタートラインに立ったのは18:20。スタート10分前だった。それにしても、ずいぶんトイレに行きたくなるのは緊張してるからなのか、脱水気味なのか。普段は気にしないような小さな変化が大事なときにはずいぶん目につく。

 

スタートゲートの2メートル後方、一番左にぽっかりスペースが空いていたので入り込む。走るにはベストポジションとはいえないけど、最初から順位なんて気にしてない。選手とギャラリーを分ける仕切り越しに妻・子と談笑する。言わば最後のリラックスタイムだ。万全な状態でスタートラインに立てるのも、この数ヶ月トレーニングをさせてくれた家族のおかげだ。おまけに現地に応援しに来てくれて、感謝している。

 

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スタート前にペーサーのナミネムさんと。

 

すぐ後ろには山屋さんがいる。同じSTSの仲間、という距離感だけど、山屋さんと言えば第一回UTMFで表彰台に立ったあこがれの存在だ。その年のUTMFがきっかけで走りはじめた身としては同じ仲間として、一緒にスタートラインに立てるなんて夢のように感じる。スタートゲートの一番前にはTOMOさんがいる。一瞬目が合うと、「ガンバレ!」と口だけ動かしてエールを送ってくれた。この前は一緒に練習して、同じスタートラインに立つ、これも不思議な気分だ。

 

18:30、スタートの合図が鳴る。いよいよ始まる。この瞬間のために準備をしてきたんだ。これから24時間動き続けることへの期待や不安以上に、間違いなくスタートできたことへの喜びがこみ上げる。

妻と子どもに別れを告げて、そこからは集中。今日は自分の日にするんだ。

 

スタート → バンフ / 22km, 1277D+
想定タイム / 2:45
通過タイム / 2:33
順位 / 33位(区間 33位)

スタート直後からゲレンデを登る。2015年に出た時も思ったけど、みんな勢いのままに走って登る。僕は前半の登りは歩くと決めているので、決めたら守る。まだ体力があっても気にしない、ギャラリーのいる区間を抜けると、下り基調の気持ちいいトレイルが続く。全体的にずいぶんペースが速い気もするけど、自分の心地いい速度を保つことに集中する。大事なのは、ゴールした時にタイムがどうか、そして区間単位で適切に出力できるかどうか。前回も感じたけど、斑尾山の登りもあっという間に終わって、走ってるうちにすぐエイドに着く。

もちろん足は元気だけど、時計が表示する距離が17kmと、この時で既に5kmの誤差がでていた。おまけに心拍も当てにならないような数字が表示されている。

距離でペース配分する作戦は諦めて、時間ベースに切り替えることにした。

まずは一番のターゲット23時間以内でのゴールを目標にしたタイムテーブル「PLAN A」の区間タイムを基準に、区間ごとのタイム差でペース管理するしかない。

 

バンフ → 兼俣林道入口 / 14km, 706D+
想定タイム / 3:30
通過タイム / 2:46
順位 / 23位(区間 24位)

手元のタイムテーブルが間違っていることに気づく。区間距離14kmに対して、想定タイム3:30はないだろう。恐らく、去年のリザルトを拾い間違えたんだろう。少し心配したのは、この誤差が全体に影響していないか。アシスタントポイント到着の時間から、想定タイムがすべて狂っていたら、とんでもないことになる。恐らく大丈夫だと思いつつ、アパについて確認することにした。ペースはまだ慎重に。でも夜間であることと、林道の下り特有の硬さから思ったよりも早く、足に疲労感を感じ始めた。まだ身体も重いし、テーパリングを外したなぁと反省する。

 

兼俣林道入口 → アパリゾート / 19km, 932D+
想定タイム / 1:15
通過タイム / 2:21
順位 / 40位(区間 37位)

ここまでは炎熱サプリを30分に1粒、ジェルを1時間に一本、そして3時間に1回ベスパを取った。これが今回の補給の約束事。40kmあたりまでは胃の調子もよく、練習通りのペースでジェルを取れたけど、当初から気になっていた、時間が経つごとにお腹が重くなっていく感じもした。おそらくジェルに入ってるマグネシウムがそう感じさせるんだろう。

補給自体は問題なかったんだけど、段々と頭痛がひどくなってきた。波はあるものの強くなる痛みは時間が経つごとに増していく予感がする。ジェルとは別に、頭痛からくる吐き気も感じ始めた。こうなると寝るしかないのは過去の偏頭痛の経験からわかっていた。寝るっていってもどこで?手を打つなら早いに越したことがないからバンフだよな。とりあえず頭への負担を減らすためにヘッデンを外してハンドライトのみに切り替えた。少しよくなったけど、神社からの登りで目眩がしはじめて、腕を触ると冷や汗をかいてるのがわかる。

マズいな、これは。頭痛薬を飲まない限りおさまらないのはわかっていた。でもレース中に痛み止めを飲むと胃が荒れる可能性がある。せっかく頭痛がおさまっても、補給ができなくなったらレースそのものが終わってしまう。

対処方法といっても100マイル自体はじめてだから経験則は使えない。アパの手前の山を登りながら、方法を考えたけど答えはひとつしか思い浮かばなかった。

バンフについたら薬を飲んで、ひとまず寝ること。

まず目の前のトラブルに対処するしかない。

幸い、アパには予定より15分ほど早く着く。心強かったのは去年のSFMTについて100miles100timesで語られていたTomoさんのエピソード。腰痛がひどくなって笹ヶ峰でマッサージを受けたという。Tomoさんでさえ、トラブルがあれば一旦止まる判断をするんだから、自分も冷静になろう。まだ序盤なんだし、何より誰かと競争をしに来た訳じゃないんだ。

アパにつくと何人かの知人にあった。気持ちが少し落ち着いて、休むことを決める。

建物の2階に登って、ブランケットを手に取り、横になる。足も疲れていたので、念の為右膝に水を入れたソフトフラスクを置いて、疲労を抜く。これでだいぶ楽になった。

結局20分くらい横になったものの、眠れるわけではなく、それでも薬の吸収をゆっくりと待つには十分な休憩がとれた。

起き上がってもまだ頭は痛いけど、良くなりそうな兆しはあった。ヘッデンの電池を変えて、デポバッグに入れていたジェルをカバンにつめる。

結局、エイドには31分滞在して、22位で到着した順位は40位まで落ちたようだ。22位が早すぎる入りだったので、これくらいがちょうどいい。

 

アパリゾート → 国立妙高青少年自然の家 / 17km, 645D+
想定タイム / 2:10
通過タイム / 1:56
順位 / 28位(区間 10位)

薬の影響で胃が荒れることが怖かったので、念の為ジェルを摂るのは当分控えることにした。エイドの酢飯をポケットに入れて、少しずつよく噛んで食べることにした。

だんだんと気分も優れてきて、気持ちも晴れてきた。

ウルトラは何があるかわからないってみんなよく言う。正直、うまく理解ができなかった。トラブルは想像の範囲内だし、範囲内であれば対処の方法は事前に考えつくと思っていた。走ってる最中に頭痛がするなんて今回はじめてだったし、ましてやそれがレース中に起こるなんて不思議なものだった。別に緊張がこうさせた訳じゃなく、当日の受付で直射日光を浴びすぎたことが原因だと気づいていた。それでも、実際にレース中にトラブルがやってくることで、自分の身にも起こることだと実感して、ここを上手く切り抜けられたら少しタフになれるだろうと励ました。

 

この区間からは走ったことがある。2年前、今回ペーサーを頼んでいるナミネムさんが選手として走った時に僕がペーサーをしたからだ。あいにくの台風直撃で100kmに短縮してゴールが黒姫になった年だったので、僕はアパから黒姫までの区間をペーシングしたからだ。

実際に選手として走っていると、少し不安になるくらい走りやすい。ちょっとプッシュすればこの区間は走り通せるくらい地形がイージーだ。でもここは注意、ゆるやかに下る地形で飛ばさないように、ゆっくりと慎重に進む。まだペースを上げるには早いし、何より頭痛と胃の心配をしなきゃいけない。

下りきった後に続く川沿いの砂利道が気持ちよかった。川からの冷気で一層涼しくて、走りやすいコンディションだった。おまけに満月が明るく、ハンドライトを消して快適なペースで走り続ける。ライトを持っていると肩がこるから、用心しながらも手ぶらで進んだ。この辺は前後に選手がいなかったので、ずっと一人で走っていた。ペース走でもしてるような、リラックスした夜中のランが最高に気持ちよかった。

むかしの自分なら苦手な区間だったろうな。でも今回は3ヶ月感の走り込みのおかげで随分楽にペースを刻めた。相変わらず心拍も距離表示もめちゃくちゃだったけど、そんなこと気にぜず、体感ベースで進むだけで十分だった。

然の家ではトイレだけ済ませた。毎エイド、トイレに行きたくなるからこれはどうにかしたい。行くしかないけどロスになる。markの高橋さんに会ったら元気がでた。25位前後と聞いて、まだ上げていける予感はした。

 

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明け方、最高に気持ちがいい時間帯。 Photo : 小関信平師匠

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Aso Round Trailに続き、いい写真ありがとう! Photo : 小関信平師匠


 

国立妙高青少年自然の家 → 池の平スポーツ広場 / 16km, 1006D+
想定タイム / 2:20
通過タイム / 2:04
順位 / 16位(区間 1位)

この区間が終われば50マイルが経過したことになる。そして、前半戦のクライマックスがこの区間なのだ。通称"チャンピオンゲレンデ"、ゲレンデの直登が続くセクションだ。思い出すなぁ、2年前にナミネムさんと一緒に走った時はここで西城さん・ゆかりちゃんコンビにグッドラックされたんだよな。ナミネムさんはそれ以来何かと西城さんをライバル視している(余談)

僕にとっては得意なサーフェス、さくさくと登っていきたいし、高尾山域で鍛えた力がどれくらい通用するのか確認したかった。

エイドからは走りやすいロード区間と、長い峠の下りが続く。このあたりから空が明るくなりはじめた。ようやくハンドライトを閉まって、両手が楽になった。もう頭痛はおさまって、胃の心配も問題が起こらないまま消え去った。よし、ここからは抑えていたものをちょっとだけ開放して、もっとテンポよく行こう。でも飛ばすわけじゃない、スピードを上げるにはまだ早い。

それでも、普通に走っているだけでリズムよく前を走っていた選手を抜いていった。ゲレンデの登り口に着くまでにたいがいの選手を捕まえて、結果的にこの区間で10人は抜いたようだった。

この手のゲレンデは難しくない、直進方向の運動だけなのでスキルはいらない。ただハムストリング一箇所への負荷がかからないように、動き方を変えて負荷を分散するだけだ。

登り切る手前に石山さんがいて写真を撮ってくれた。ゴール後に送ってくれた写真を見ると、晴れ渡った空と自分の楽しそうな顔が写っていた。この時間帯にレースがあるのはウルトラの醍醐味なんだな。

ゲレンデの下りは用心した。結果的にほとんどを早歩きでこなした。膝へのダメージがないように、直進を続けないようにルートを変えながら、負荷を分散して極めて慎重に進んだ。膝の疲労は一度抱えるとなかなか抜けないのはわかっている。飛ばしたところで大した短縮にもならないし、ここは確実に安パイをきっていく。下りきると大きな白い建物が見えてきた。あれがエイドかーと思ったら、トレイルは右側にそれていき、道を巻きながら別の方向へ進ませる。さらに少し進んだところで、エイドが見えた。

トイレを済ませて、酢飯を食べて、さくっと次に向かう。

結果的にこの区間区間1位だった。あまり上げたわけじゃないので、練習の成果が上手くいったことを実感する。

 

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ゲレンデの山頂付近にて。 Photo : 石山匠先生

 

池の平スポーツ広場 → 黒姫 / 14km, 625D+
想定タイム / 2:00 + エイド 10分
通過タイム / 1:46 + エイド 8分
順位 / 14位(区間 11位)

このセクションを抜ければナミネムさんが待っている。

それまでにいくつか確認をしておこう。

胃の調子は大丈夫か?ペースは適切か?疲労はどれくらい感じている?

改めて、どこも弱っていない。黒姫につけば102km走ったことになるのに、そこまで疲労を感じていないのは自分でも驚いている。疲労度はざっと50%ってところだ。

アパでゆっくり休んだことが吉とでているのかもしれない。ペーサーをしたときには気づかなかったけど、ここまでの区間もロード・林道の比率が高いので、練習がばっちりハマっていたことも理由だろう。7月の炎天下でやった4時間走がメンタル的にも助けてくれている。あれ以上過酷なシチュエーションはそうそうないだろうし、さ。

エイドを出て早々、ゲレンデの登りで10分ほどロストした。少し登って、左の砂利道にそれていくはずが、そのまま直登してしまい、無駄に累積標高をかせていでしまった。

どんだけ登り足りないんだよ、自分。

正規ルートに戻したあとは、焦ることなく今までのリズムを意識する。フラットはしっかり走る。傾斜がついたら角度を見極めながら、パワーハイクに切り替える。

たかだか14km、累積もそんなにない比較的走りやすい区間。ロードを抜けてトレイルに入ると下り基調の最高に走りやすい道が続く、これこそ信越五岳。このトレイルを抜けるとエイドに到着する。どうせエイドで10分は休むから、ここは少し攻めの走りをした。思っていたよりもエイドまで長くて、結局3〜5kmは走ったのかな。いくらか足は使ったけど、ダメージはない。そうか、100マイルで足を使うっていうのはこういうことか。抜けづらい種類の疲労を抱えると後に響くことを実感した。

今後100マイルを続けるならこの手の経験は積み重ねていきたい。抜ける疲労と、溜まる疲労の境界がわかれば、もっといいパフォーマンスができるはず。

ここまで走って、ペースと疲労度の関係性は少しだけ理解できた。でも、コースプロファイルによって全然違うんだろうな。

気持ちよく走りきった先に、黒姫のエイドがあらわれて、すぐにナミネムさん、そして山屋さんの顔が見えた。

調子も良かったし、理想は5分ほどでエイドをでたかったけど、ウェアの交換、ジェルの補充、それから笹ヶ峰で合流する家族に到着が早くなることを電話で伝えていると、結局8分滞在したようだ。

椅子にすわって十分休憩したし、ここからはナミネムさんと二人で攻めるよ。

「二分の一の法則」で言えばトップ10を狙えるわけだから。

ここからは順位を意識しながら進むことにした。

 

 

note :

今回、朝方の眠気対策については自信があった。仕事柄カフェイン断ちはできないし、カフェインピルを持っていたわけではないけれど、結果的にやはり眠くなることはなかった。

ひとつは前日入りしてしっかり寝たこと。これが一番大事。当日入してずっと動いているのとは訳が違うと、ナイトランをしていた時から感じていた。

ふたつめはテーパリング期に十分な睡眠を取っていたこと。その分ランの時間が減ったので、序盤身体が重かったことは実感した。ただ良く休んだ分、レース当日に眠気がやってくることはなかった。

最後は補給のテクニック。眠気は単体でやってくるよりも、何かに誘発されるケースが多く感じる。例えばレース中の疲労ハンガーノック、そして食べ過ぎ。高尾24耐の失敗から、朝方に食べすぎると身体が重くなって眠気を誘発した経験があった。その後のナイトランで、時間ごとにジェル補給に切り替えたら朝方の眠気は感じなかった。レース前によく休んだ上で、当日は補給のペースにも注意が必要だ。